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長編が生む「人間」は時代を超えて愛される

2020年3月11日

又吉直樹さんの初の長編小説で人気を集めている人間。長編というものをどのように作り上げるのかが大きな注目を集める一冊です。「人間」について、時代の流れの中で、作者のリアルな感覚が見え隠れしながら葛藤する姿は長編だからこそ表現できるものだと感じます。普通と芸術、芸人と作家、失敗と成功、不幸と幸せ。一見真逆のものと捉えがちな価値観は表裏一体であり、まるで「人間」の存在のように曖昧なものだという印象を抱きました。

目次

人間

38歳の誕生日に届いた、ある騒動の報せ。何者かになろうとあがいた季節の果てで、かつての若者たちを待ち受けていたものとは?

又吉直樹

1980年生まれの大阪府寝屋川市出身の吉本興業所属の芸人。「ピース」として活動中。小説デビュー作火花で第百五十三回芥川賞受賞。芸人ならではの視点や描写が特徴的です。

人間とは

本を見た瞬間から強く印象に残る「人間」。印象に残る理由は、かすれている文字、幼く浮かない表情、いびつな姿といった様々な違和感を感じ、「人間」的な感覚とは、若干異なる印象を受けているからなのだと感じます。

作中では「人間とは、大人とは、売れっ子とは、家族とは、親とは、仕事とは、才能とは、芸術とはこうあるべきだ、こうあるはずだ」という考え方は間違っていると感じつつ、苛まれて葛藤し何者かになろうとする「人間」が表現されています。一種の特別な存在でありそうな又吉さんらしき登場人物が時代の流れの中で、立場が変化しても葛藤している様子からも、誰しもが「人間」であり、普通と特殊には大きな違いはないことを感じる一方で、そういった価値観を考えることは無駄なのではないかと思うことが、何かの原動力になる「人間」らしさが描かれているのが秀逸です。つまり曖昧で表裏一体であることを「人間」を通じて感じます。

作者の人生が詰まった物語が深みを生む

作中では、又吉直樹さんの世間で知られている部分がいくつか登場します。作家としての姿を映した影島や、祖母との関係など。私自身あまり詳しくは認識していないですが、他にも世間に知られている事実があるのだと思います。それが何なのかを調べることで、フィクションの部分の意味が変わってきそうな気がします。反対に狂喜乱舞する部分や矢継ぎ早に言葉をぶつける部分がフィクションではなく、より作者の本心、等身大の姿に近いのかもしれないと感じさせられるところが痛快です。この曖昧さ、緩急のつけ方は、一般的な専業作家では不可能な表現方法だと感じます。

時代を超える読書体験

「うん、百回は読んだ」

「うん、アホやから一回じゃわからん」

本作品は、長編小説なだけあって、なかなかのボリュームであり、豊かな表現や感情の起伏なども豊富で読み応えがある作品です。その分、点が集まったような印象を受けています。その曖昧さこそ「人間」的なのかもしれませんが、作品中に登場した太宰治の「人間失格」を繰り返し読む主人公が描かれていることからも、線となって見出されるものは、一度や二度、複数回の読了では見い出せないかもしれないと感じます。時代を超え読み返すことで、たどり着く世界があることを表現しているのかもしれません。つまり「何者」かになる方法は、時代を超えて試行錯誤することだと曖昧ながら感じました。時代を超えて読み返していこうと思います。