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「夏美のホタル」考察・感想編

2020年3月12日

目次

夏美のホタル

「夏美のホタル」忘れかけていたものを思い出させてくれます。
自然にふれあい、人と繋がり、生命と関わりことで成長する人々の爽快な物語。

作家紹介

森沢明夫
生 誕:1969年9月20日
出 身:千葉県船橋市
代表作:虹の岬の喫茶店、ヒカルの卵
小説、エッセイ、ノンフクション、絵本など多くの分野で活躍されています。
今作品および「虹の岬の喫茶店」は映画化されているため見覚えがある方もいるかもしれません。

あらすじ

写真家の卵として卒業制作の題材を模索する慎吾。目に見える結果を残せずに焦っていた中で、恋人で保育士の夏美とツーリングで千葉の房総半島にある山里に訪れた。トイレを借りるために立ち寄った「たけ屋」で高齢のヤスばあちゃんと、恵三じいさんと出会い、意気投合して夏休みの期間居候することに。二人の若者が山里で見る自然の景色、ヤスばあちゃんら村人との交流は新鮮なものだった。

川原に立つと、そこはもう別世界だった。薄闇のなか、三六〇度、ぼくと夏美は緑色に明滅する光に囲まれていたのだ。清涼な川風と、心地よいせせらぎの音、森と鈴の清々しくも甘い匂い。そして、蛍、蛍、蛍。

夏休みの終わりが近づいた頃、恵三じいさんが倒れ、危篤状態に。落ち込むヤスばあちゃんを励まし、体を半身不随となったことをきっかけに離婚した恵三の家族とヤスばあちゃんの間を取り持ち、奮闘する。そんな二人に数々の奇跡が起こる。

『本当にあるんだね。奇跡ってーーー』

豊かな自然と人との繋がりを通じて成長した二人の間には新たな命が宿っていた。

考察・感想

豊かな自然描写

川原に立つと、そこはもう別世界だった。薄闇のなか、三六〇度、ぼくと夏美は緑色に明滅する光に囲まれていたのだ。清涼な川風と、心地よいせせらぎの音、森と鈴の清々しくも甘い匂い。そして、蛍、蛍、蛍。

視覚、触覚、聴覚、嗅覚に訴えかける巧みな描写は、容易に情景を思い浮かべることができます。この他にもいくつもの自然の描写があり、夏だけでなく、秋、冬の季節の移り変わりも表現されており、自然に浸ることができます。また、駄菓子屋的な「たけ屋」や川遊び、自然豊かな食事、複数人で囲む食卓、家族や隣人との繋がりなど、忘れがちな昔ながらの雰囲気を味わうことができる一冊です。

タイトル名「夏美のホタル」

タイトル名について、全体のストーリーを読んでいるとホタルが登場するのは序盤だけであり、あまり関連がないように思っていました。キーワードとしてなら、「タンポポ」のがしっくりくると思います。

たんぽぽ、いい花だよぅ。花が終わっても、たくさんの命を空にふわふわ飛ばせるなんて、なんだか素敵だからよぅ。

『綿毛のなかには、風にバラけないで、絡み合ったまま飛び去っていくものもあった。あのままずっと一緒に飛んでいって、同じ地面に着地して、となり同士ですくすく育って、咲かせた可愛い花を見せ合って、そして、死ぬまでいちばん近くで添い遂げて、最後にまた、たくさんの種子を一緒に空に飛ばせたらいいねーーー。』

しかし、敢えて「ホタル」をチョイスしたのは、昔ながらの生活=ホタルであり、そういった生活から成長を遂げた夏美と慎吾の間に宿した命を表しているからだと思いました。

仏師:榊山雲月

雲月で始まり、雲月で終わる。物語にアクセントをつけてくれる存在が仏師雲月です。
職人気質で、人付きあいは、ある意味、昔ながらの代名詞なのかもしれません。そんな雲月の態度が次第に軟化していき、若者たちと交流していく姿はほっこりします。そんな雲月が時より見せる仕事に対するブレない信念には魅せられました。頼みごとを出世払いで懇願した慎吾とのシーン。

雲月:『出世できんのかよ』
慎吾:『まだ、わかりません。自分の才能がどこまでのものか・・・・・』
雲月:『そうじゃねぇ。俺が訊いてんのはよ、出世するまで死んでもあきらめねえ覚悟があるかどうかってことだ』『才能ってのは覚悟のことだ』『どんなに器用な人間でもな、成し遂げる前にあきらめちまったら、そいつには才能がなかったってことになる。でもな、最初に本気で肚をくくって、命を懸ける覚悟を決めて、成し遂げるまで死ぬもの狂いでやり抜いた奴だけが、後々になって天才って呼ばれてるんだぜ』

それと最後の結びのシーンの印象的です。

雲月は、ちいさなため息をついた。軽やかで、気分のいいため息だった。そして、再び顔の前で風鈴を振りながら、誰にともなくつぶやいた。こういう人生も、まあ、悪かねえなーーー。

人との繋がり、生命との関わりで成長したのは慎吾と夏美だけではなかった。
「軽やかで、気分のいいため息」ってとても素敵な表現だと思いました。

幸せとは

空に飛ぶトンボを通して幸せの意味を考える慎吾と夏美。

『トンボの幸せは?』『トンボの幸せは空を飛んでるだけで、幸せ』

そう話していた二人の解釈が、自然とのふれあい、人との繋がり、生命との関わりと時間の経過とともに変わるのだった。

『空を飛んでいるだけで幸せーーーあのときは、たしかにそれが幸せの正解だと思っていた。でも、いまは少しだけ解釈が違う。飛んでいるだけで幸せなのではなくて、本当は、誰かと一緒に飛んでいるから幸せなのだ、きっと』

本書との思い出

読み終えたあと思わず「軽やかで、気分のいいため息」が出ました。今記事で取り上げたシーンはほんのわずかであり、他にも見所はたくさんあります。自然を味わいた、感動したい、懐かしみたいといった方必見の一冊になっています。「軽やかで、気分のいいため息」が一人でも多く味わうことができるきっかけにこの記事がなれば幸いです。