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「羊と鋼の森」考察・感想編

2020年3月12日

目次

羊と鋼の森

2015年にブランチブックアワード大賞受賞。2016年本屋大賞では、「君の膵臓をたべたい」を差し置いて、大賞を受賞しました。自然や音楽の豊かさ、壮大さが緻密に表現されています。調律師として音楽に触れるなかで、葛藤する成年、外村が見せる愚直な姿勢には、身の引き締まる思いになります。普段、忘れがちな風景、思いを感じることができる素敵な作品です!登場人物ひとりひとりの人間味も必見です!

作家紹介

作家名:宮下奈都
生 誕:1967年
出 身:福井県福井市
代表作:よろこびの歌、誰かが足りない

あらすじ

森の匂いがした。秋の、夜の。僕は自分の鞄を床に置き、ピアノの音が少しずつ変わっていくのをそばで見ていた。たぶん二時間余り、時が経つのも忘れて。

調律されたピアノの響きに感銘し、調律師になった外村。調律師としてお客とそのピアノと触れ合う中で苦悩する。

「やればやるほどずれて、焦ればさらに音の波をつかまえられなくたった。時間ばかりがどんどん経ち、嫌な汗をぐっしょりかいた。今まで習ってきたことも、店で毎日練習していることも、どこかへ飛んでしまった。」「なさけなかった。それ以上に、申し訳なかった。どうしても今日弾きたくて僕を見つけて連れてきたのに、結局は僕がだめにしてしまった。ふたごに申し訳ない。今日はもう弾けない。柳さんにも申し訳ない。店にも申し訳ない。勝手に触って勝手にだめにして、明日調律をし直すとしても代金は取れないだろう。」

葛藤する日々の中でも、愚直に努力を積む外村。先輩社員の仕事への姿勢からも感化されながら少しずつ成長していく。

「僕には才能がない。そう言ってしまうのは、いっそ楽だった。でも、調律しに必要なのは、才能じゃない。少なくとも、今の段階で必要なのは、才能じゃない。そう思うことで自分を励ましてきた。才能という言葉で紛らわせてはいけない。あきらめる口実に使うわけにはいかない。経験や、訓練や、努力や、知恵、機転、根気、そして情熱。才能が足りないなら、そういうもので置き換えよう。もしも、いつか、どうしても置き換えられないものがあると気づいたら、そのときにあきらめればいいではないか。怖いけれど。自分の才能のなさを認めるのは、きっととても怖いけれど。」

「才能があるから生きていくんじゃない。そんなもの、あったって、なくたって、生きていくんだ。あるのかないのかわからない、そんなものにふりまわされるのはごめんだ。もっと確かなものを、この手で探り当てていくしかない。」

物分りがいいこれまでの自分が「わがまま」という名のこだわりを持って調律に取り組むまでになった。そして自分の目指すものを見出し、これまでの日々を振り返る。

「もしかしたら、この道で間違っていないのかもしれない。時間がかかっても、回り道になっても、この道を行けばいい。何もないと思っていた森で、なんでもないと思っていた風景の中に、すべてがあったのだと思う。隠されていたのでさえなく、ただ見つけられなかっただけだ。」

考察・感想

調律という世界

調律師という世界観は読者にとって、馴染みが少ないものだと思います。私もしかりです。だからこそ、日常から離れた世界を小説で感じたいという方が多く、惹きつけられるのではないかと思います。外村が板鳥の調律に魅せられた時のように。音楽という言葉では言い表すことが難しいものを自然という誰もが馴染みのあるもので、一部表現することで想像に容易いものになっています。その一方で、「ピアノの重心」、「弾き手の椅子の高さ」、「周囲の状況の違いによる音の変化」といった音楽の奥深さにも触れることができます。

個性豊かな先輩社員

この作品の魅力の一つが、個性豊かな先輩社員だと思います。
経験に裏打ちされた深みのある言葉は、読者の心を打つ事必定です。

板鳥

外村が調律師を目指すきっかけとなった板鳥の調律。それは、江藤楽器の社員の憧れであり、世界的ピアニストも魅せるものだった。客先での調律が上手くいかず、落ち込んでいる外村に対して、ここから始まりだと言う。外村が目指す調律師としても理想の姿でもあった。

「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを堪えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」

外村に最も親しく付き合う先輩調律師。調律の一つ一つに思いを込める。

柳の作業に付き添う中で思いに触れる。「元の音、っていうのが問題なんだ。あの人の記憶の中にある元の音より、記憶そのものの方が大事なんじゃないか?小さな娘さんがいてピアノを弾いていた、しあわせな記憶」「あの人が欲しいのは、忠実に再現されたピアノじゃなくて、しあわせな記憶なんだ。どっちみち元の音なんてもうどこにも存在しない。だったら、あのピアノが本来持っていた音を出してやるのが正解だと俺は思う。やさしい音で鳴ったら、記憶のほうがついていくさ」

「怖けりゃ必死になるだろ。全力で腕を磨くだろ。もう少しその怖さを味わえよ。怖くて当たり前なんだよ。今、外村はものすごい勢いでいろんなことを吸収してる最中だから」「誰だ、業務とは別に毎日事務所のピアノを調律し直してるの。あれって、のべ難題の調律をしたことになると思う?事務所の机に何冊調律の本を持ってる?あれだけ読んで勉強してりゃ、知識もつくよ。そんで家では毎晩ピアノ曲集を聞き込んでるんだろ。だいじょうぶだよ、せいぜい今のうちに怖がっておけよ」

しっかり者であり、時々見せるお茶目さ、わかりにくい比喩は必見です。

秋野

40代の中年調律師。外村の直向きさを対して冷ややかに接していた姿勢が徐々に軟化し・・・。
ピアニストになる夢を諦めた秋野からの言葉の数々は心に響くものばかりです。

「ノートを取るくらい素直だったら、って思うことがあるよ。仕事を始めてすぐに大事なことをいっぱい見聞きするんだ。それをメモにしておけば、もっと早くコツをつかめたかもしれないのに。手間を惜しんだってより、勘違いしてたんだな。技術は身につけるものだから、身体で覚えるだろうと思って」「幻想。耳が覚えるだろう、指が学ぶだろう、なんてのは幻想。ここだよ、覚えるのは」

「口にしないだけで、みんなわかってるよ。だけどさ、才能とか、素質とか考えないな。考えたってしかたがないんだから」「ただやるだけ」「才能がなくたって生きていけるんだよ。だけど、どこかで信じてるんだ。一万時間を超えても見えなかった何かが、二万時間をかければ見えるかもしれない。早くに見えることよりも、高く大きく見えることのほうが大事なんじゃないか」

才能と向き合う

外村は調律を学ぶ中で、その奥深さに圧倒され、自分の才能に疑問を持つ。そんな日々にも、直向きに努力を積み、先輩から教わり、顧客と触れる中で、答えを探す。

「運があるとかないとか、持って生まれたものだとか、考えても仕方のないことを考え始めたら、ほんとうにみなきゃいけないことを見失ってしまいそうだった。」

調律という優雅で華やかなそうに見える馴染みのない世界は、私たちの日常と本質的には変わらないのだということを読み進る中で感じることできます。「自分に向いているのか?」「才能がないのではないか」と悩んでいる人たちへの強いメッセージであり、小器用に日々を過ごしている人、「才能」があるなしどうこうと思わなくなった人たちに対しても心打つ力強さを感じます。

「僕には才能がない。そう言ってしまうのは、いっそ楽だった。でも、調律師に必要なのは、才能じゃない。少なくとも、今の段階で必要なのは、才能じゃない。そう思うことで自分を励ましてきた。才能という言葉で紛らわせてはいけない。あきらめる口実に使うわけにはいかない。経験や、訓練や、努力や、知恵、機転、根気、そして情熱。才能が足りないなら、そういうもので置き換えよう。もしも、いつか、どうしても置き換えられないものがあると気づいたら、そのときにあきらめればいいではないか。怖いけれど。自分の才能のなさを認めるのは、きっととても怖いけれど。」

「才能があるから生きていくんじゃない。そんなもの、あったって、なくたって、生きていくんだ。あるのかないのかわからない、そんなものにふりまわされるのはごめんだ。もっと確かなものを、この手で探り当てていくしかない。」

あれこれ考えて諦める前に、真剣に事に向き合う事ができたのか、努力しようとしたか、今、やっている事に情熱を注ぐ事ができているか、外村の初々しい、純粋な問いかけである分、沁みるものが多くありました。作中で、音楽に魅せられ、やる気を高める柳先輩のように私自身も勇気をいただけました。

「なんだか俺、めちゃくちゃにがんばりたい気持ちなんだよ。あああ、いつ以来だろう、こんな気持ち。ボクシングの中継を観たときみたいだ。そのあと、無性に走り出したくなっているような、あの血湧き肉躍る感じだ」「あああ、俺、血がにじむような努力ってやつをしてみたいよ」

私自身の個人的な思いとしては、才能は「覚悟」ではないかと思っています。才能を疑うことを忘れるくらい覚悟して打ち込んだ先に、目指すものが待っていると信じています。作中で「努力する方向がわからない」という事を、外村も、柳も口にしていましたが、そんな日々にも、常に試行錯誤を繰り返しながら打ち込んでいく事が大切である事を改めて感じる事ができました。思うことは簡単なことではありますが、継続して思い続けることは容易ではないことも改めて思い知らされます。思い知る暇を与えないくらいの日々を自分なりに構築していく事が重要ではないかと思います。

「たくさん苦労して、どこでどう間違ったのか全部自分の耳で身体で記憶して、それでも目指す方へ向かっていくから、人の希望を聞き、叶えることができるのだと思う。」