*/バリューコマース */

「平場の月」朝倉かすみさんの「問いかけ」と「表現技法」

2020年3月12日

「平場」について考えることを中心とした「平場の月」とはの記事とはまた違う視点からこの作品の魅力をお伝えできればと思います。目に浮かんでくるような技法や、ストーリーから浮かぶ問いかけについて紹介できればと思います。正解不正解がない、人によって意見が別れる事象について鋭く指摘し問題提起している点が生み出すリアリティが大きな魅力です。

目次

大切な人だからこそ真実を話せるか

初々しい男女の恋愛小説の側面であり、50代男女の恋愛の側面の二面性がありそれが深みとなっている本作品ですが、結局、須藤は青砥に死が近いことを話さずに喧嘩別れのまま死別するという物語であり、考え方が人によって別れる点であると感じます。一般的に死が近いならば、「好き放題する」みたいな発想を持つように思いますが、そうではなかった。一方でSNSなどで全く知らない他人になら深刻な問題も打ち明けられるみたいなことはある気がします。「死」というものが目の前に迫ってくる感情は現代の社会では、病魔、交通事故といったごく限られたものであり、想像する機会は大きく失われているように感じます。また、核家族化や地域のつながりの希薄化によって、家族、友人の死に関わる機会も減少しているとも感じます。人それぞれその時々の状況によって、「死」に直面した時にしかわからないところがあるのかもしれませんが、ただ一つ言えるのは、本当に大切な人だったからこそ「伝えない」選択を取ったのだと思います。自分が同じ立場だったらと考える機会をいただける読書だからこその学びは代え難い価値だと感じます。

生活保護を受けるか、兄弟の世話になるか

本作品のリアリティの源泉になっているポイントが「介護」「闘病」といった点について詳細に描かれている点であると感じます。ただの恋愛小説では感じられない立体感はやはり魅力の一つです。その中で印象に残ったのが「生活保護を受けるか、妹の世話になるか」というやりとりです。

生活を援助する身内がいるのを隠して生活保護をもらおうとするのは不正」

2018年 株式会社 光文社 朝倉かすみ「平場の月」P148 引用

正義感の強い妹の「身内」という言葉に傷つく須藤の場面は、まさしく超高齢化が進む日本でこういった局面に直面する方が増えてきているであろう視点が描かれているのが卓越している感じました。私自身、叔母が病気によって一人暮らしが困難であることから私の実家で暮らすことになりましたが、その意味を考えることがなかったのが正直なところです。ですが今回この作品に触れて、須藤と同じような葛藤があったのだろうと考えるきっかけになりました。自分も間違いなく、須藤と同じ選択をとるだろうと思いつつ、叔母が歩んだ道についても間違いではないと感じますし、それで今の所生活が成り立っているところはあります。歳月の流れによる人の変化が描かれている本作品は、正解のない難しい問題にも立ち向かうことができる「考えるきっかけ」を与えてくれる素敵な作品であることを感じます。10代、20代、30代・・・・・と、読書する年代、年齢により様々な気づきを与えてくれる作品であり、数年後または数十年後に読み返してみたい一冊です。

情緒漂わせる表現方法

「思っていること」を口に出して相手に伝えるさいに付き物のちょっとした勇気と緊張のあらわれで、つまり、須藤は総じて普通のようすだった。

2018年 株式会社 光文社 朝倉かすみ「平場の月」P 49 引用

昔、駄菓子屋に売っていた、短いストローでふくらます、虹色の風船みたいな行為がふたりのあいだで呼吸していた。

2018年 株式会社 光文社 朝倉かすみ「平場の月」P 66 引用

桶のなかでのたくる新鮮な鰻か泥鰌を連想させた。

2018年 株式会社 光文社 朝倉かすみ「平場の月」P137 引用

暗くなった空にはまだ水絵の具で塗ったような赤い夕焼けが残っていて、だけど架空線は黒いというそんななか、

2018年 株式会社 光文社 朝倉かすみ「平場の月」P173 引用

他にも気になる表現はたくさんありましたが、特に気になったものを引用させていただきました。中でも、あまり思わしく思っていない友人のウミちゃんについて評したP137の表現については印象に残っています。ウミちゃんについて不快感を持っている青砥ではあるものの、須藤は好感している点から判断しかねている青砥の心情を絶妙な感覚で表現していると感じました。