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「平場の月」とは

2020年3月12日

読書をするにあたっていつも考える点の一つにタイトルが意味するものをよく考えます。それらが作品の大きな軸であり、作者の伝えたい思いでもあると考えます。それらの内容を中心に「平場の月」について綴りたいと思います。

目次

平場の月とは

物語に「平場」と「月」という言葉が出てくる場面がいくつもあります。

噴き出し方のちがいだけかもしれない。ヤッソさんは「まんま」でいくが、青砥は少し下ごしらえをする。直感的に覚えた屈辱を他人の目で照らし、勘違いや考えすぎの可能性を探したり、そこまでのことか、と再点検したりし、それでもおさまりがつかなくて、なおかつ酒席かなにかでポロリとこぼしても構わない空気になったときを見はからい、なるべく軽く吐露する。言い出さず、ぐでんぐでんになるときもある。
ヤッソさんと話しているとここは平場だ、と強く感じる

2018年 株式会社 光文社 朝倉かすみ「平場の月」P55引用

平場中の平場、という言葉がぼうやりと浮かぶ。ウミちゃんの話を聞いていると、世間話のありさまとでもいうものが迫ってっくる感じがした。湯あたりしそうだった。

 

2018年 株式会社 光文社 朝倉かすみ「平場の月」P81 引用

自転車を停め、見上げたら、ベランダの窓が開き、須藤が顔を覗かせた。須藤の表情は、その夜の月に似ていた。ぽっかりと浮かんでいるようだった。清い光を放っていた。「夢みたいなことだよ」

2018年 株式会社 光文社 朝倉かすみ「平場の月」P11 引用

「平場」を定義することは難しく、年齢や地位、育ちなど様々なものが絡み合ってそれぞれの「平場」が表現されて、変化し揺れ動くことが本作の特徴であり、新鮮な点であると感じます。メインである50代の青砥と須藤の関係性や、年齢の変化と家族の結び付き(介護や闘病など中心に)は新鮮な感覚に陥るも世間的にも「平場」になりつつある変化でありそれらを捉えている点が絶妙です。それぞれの「平場」にあってふとした幸福感という「月」とそれらを覆う不安感という「雲」が見え隠れする中、須藤が「死」を意識する中で悟っていく姿が大きな要点であると感じます。「平場」である環境とそこから見える「月」は永久ではない。変わり映えのない「平場」で一喜一憂する日々こそかけがえのない時間であることを強く感じます。

50代の主人公が奏でる

「やー、それはあまりにも青春だし」

「自転車のふたり乗りって、なん歳くらいまでオッケーなんだろうね」

「二十一、二十二?もっとかな。新婚のアラサーでもイケそうな気がする」

「ディズニーはどうかな。デート的な意味で」

「んーやっぱり若いうちにどっちもやっておきたかったよ」

2018年 株式会社 光文社 朝倉かすみ「平場の月」P52 引用

青砥と須藤は50代で学生以来再会を果たすが二人の関係性の青さは、年齢の変化によって世間に順応し、親の死別さえも「平場」のように捉える感覚とはまた正反対の感覚であり、「愛は年齢を超える」的な要素もあると感じます。また、LINEや吉野家、YouTubeといったものが彼らの生活の一部になっている描写からそういった社会の変化が迫って感じられる点は新鮮な感覚になりました。テレビや電話といった単語が小説に登場しても違和感がない感覚は、幅広い世代に共通だと感じますが、LINEなどの言葉が出てくると最も生活に欠かせないツールのはずなのに、小説の日常生活では違和感を感じるのはやや年齢を感じました。ただ、作者の朝倉かすみが60歳近い年齢にも関わらず、小説らしさといった点を度返ししてリアリティを追求し、「太陽」ではなく「月」というポジティブな面だけではない難解な問題を全世代に伝わるよう表現している点に意表を突かれたとともに印象的でした。

命に触れる

だれにどんな助けを求めるかはわたしが決めたいんだ。助けが必要なのは分かっている。この先、どんどんキツくなるかもしれないのも分かってる。でも、決められるうちは、わたしが決めたいんだよ

2018年 株式会社 光文社 朝倉かすみ「平場の月」P145 引用

悲観的なんじゃないよ。冷静なだけだ。でも、きっとなんだかんだあるんだろう五年間のことをいまはちょっと考えられない。青砥の言う「一区切り」のことで手一杯なんだ。もっと言えば、一回目のことだけだ。一回目を終えて、ようやく二回目、二回目を終えて三回目。目先のヤマを一個ずつやっつけて、それを繰り返すんだよ、たぶん、ずっと。だから、だれにどんな助けを求めるかは、わたしが決めたいんだ。差し伸べてくれた手を握りっぱなしでいたら、どっちも沈んじゃうかもだ

2018年 株式会社 光文社 朝倉かすみ「平場の月」P146 引用

大腸癌との闘病の日々をストーマ、抗がん剤治療、寛解など専門的な用語も交え詳細に描かれており金銭や家族、職場などとの関わりとともに気持ちの揺れ動きが表現されていることは「太陽」ではなく「月」であることを感じます。「平場」という日々が大切であることが浮き上がってくる思慮深い闘病の描写は一つの魅力です。「いつ死んでも悔いはない」生き方をしていきたいと改めて感じせていただきました。